2009年6月4日木曜日

使えなくなった、切り札に

風が僕らをつないでいた。「風の噂」という言葉が本当ならば。
思い込み、と笑われてもいい。もう、確かめる手段もないのだから。毎日同じ部屋に集った日々を共有しても、年々速度を速めて拡散して、もう、大学やらにいるのは、わずかになる。それでも、彼は、北の地にいることは聞いていた。北風は僕の耳に消息を届けた。反対向きは、そう、今となってはわからない。数年前、その大学を訪ねる機会を得たときに、風のもとを確かめようとしたけれど、そうか、奴の学部は、戊辰戦争の町か、また、今度だ、と連絡もしなかった。最近、関東に戻ってきたことも知っていた。風がつないでいたんだと思っていた。

18歳の夏の撮影。冬の試験。寒い日に広いキャンパスの片隅で出会って、それは僕を温めた。僕は入り、彼は1年待って、北の地に向かう。

いつか、来てもらおうと思っていた。ちゃんと調べて、とびきりの機会を作って。そのままに違いないあの笑顔は人を惹きつけることは間違いない。どうやって探したの?、と周りに訊かれて、僕は答える、20年前から知ってたから、と。そんな日がきっと来る、と、どこかで思っていた。あの教室にいた、50人弱。大学だの研究機関だのにいるのは、いつの間にか、僕ら2人になった。だからこそ、風が向こうにも届いている、と思っていた。思い立ちさえすれば、いつでも連絡できる。とびきりの機会まで、温存しておこう。あの笑顔は、切り札だから。

突然、突風が来る。
そして、その、とびきりの機会とやらは、決して訪れないことを知る。

もう、2度と風は吹かない。使えなかった切り札に、僕は別れを告げに行く。

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